小松雅彦.(1997, Decembro - 1998, Februaro).X'理論によるエスペラントの分析.La Harmonio, 164, 6-9; 165, 6-10. 京都:Rondo Harmonia(国際語教育協議会).
この論文は、La Harmonio, 164-165からの転載です。レイアウトは変更しています。
自己紹介
小松雅彦(東京、81)ソフトウェア・エンジニア、大学講師など職を転々とした挙げ句、現在、アルバータ大学(カナダ)言語学専攻博士課程在学中。今後は不明。
電子メール mkomatsu@gpu.srv.ualberta.ca URL http://www.ualberta.ca/~mkomatsuこの論文について
この論文は、1996年の授業(LING602 Seminar in Syntax、教官 Dr. G. D. Prideaux)で提出した学期末論文を、和訳したものです。
この論文では、GB理論(統率束縛理論Government and Binding Theory)によってエスペラントを分析しています。GB理論は、N. Chomskyが提唱した生成文法理論の一つで、1980年代に盛んに研究されました。GB理論はいくつかの下位理論から構成されており、この論文では、その中でX'理論と格理論を使ってエスペラントを分析しようと試みています。エスペラントを現代の文法理論によって記述した例はほとんどなく、まあ、この論文に希少価値だけはあります。
生成文法では、日本語とか中国語とか英語とかにかかわらず、人間の言語(自然言語)には共通の性質があるだろうと考えています。その共通のものを「普遍文法」と呼んでいます。では、エスペラントはどうでしょうか。そもそも、たった16ヶ条の文法規則で一言語を規定することなどできるはずがありません。では、どうやってエスペラントは成り立っているのでしょうか。おそらく、エスペランティストは、自然言語の知識、つまり普遍文法を流用してエスペラントを習得しているのでしょう。つまり、エスペラントも普遍文法に基づいているのでしょう。そうだとすると、エスペラントも生成文法の枠組みで記述できるはずです。
私自身は、文法的にはエスペラントは自然言語とあまり違いはないと思っています。この論文は、エスペラントと自然言語の共通性を探るための試みだと思ってください。参考図書
中村捷・金子義明・菊地朗. (1989). 『生成文法の基礎:原理とパラミターのアプローチ』. 東京:研究社.
人工言語の歴史の中で、エスペラントは「後験語」・「計画派」に属し、「先験語」・「自然派」と対峙する。後験語とは自然言語をもとに作られた言語のことであり、計画派はその中で文法的規則性を重視するグループのことである。
エスペラントとほかの多くの人工言語の違いの一つは、誰もエスペラントを支配していないということである。16ヶ条の基本的文法規則と例文が掲載された『Fundamento de Esperanto』(1905)に違反しない限り、誰でもエスペラントを自由に書き話すことが許されている。歴史的には、もともと主にラテン系言語に基づいて作られたが、発表後はスラブ系言語の影響を受けた。エスペラントは、変更の許されない基本部分はあるが、実際の使用によって変化している。この意味で、エスペラントは、一般に考えられているよりは、より自然言語に近い。
言語類型論的には、エスペラントは、膠着語とみなされいてる。標準的語順はSVOであるが、かなり語順は自由である。
これらの決まった語尾は、主格と対格の別および名詞と形容詞の一致を示すことができ、誤解を引き起こすことなくかなり自由な語順を許容している。
Janton(1987, p. 88)は、(1)に示す六つの文を挙げ、これらの文はすべて同じ意味であると述べている。
| (1) | a. | Mi amas vin. |
| b. | Mi vin amas. | |
| c. | Vin mi amas. | |
| c^. | Vin amas mi. | |
| d. | Amas mi vin. | |
| e. | Amas vin mi. |
Wells(1978, pp. 46-53)は、NP内の語順を説明している。その説明をX'流に言い換えると、NPのX'構造は以下のようになる。Specは、冠詞la、およびその他のlaと共起しない限定詞を含み、N'に先行する。Laは、常にNPの先頭になければならない。その他の限定詞は、通常N'に先行するが、N'に後続するものもある。Modは、AP、PPおよび関係節を含む。APはN'に先行もしくは後続し、PPおよび関係節はN'に後続する。(2)を参照。
| (2) | a. | la hundo | *hundo la |
| b. | [DET du] [AP grandaj] arboj | ||
| c. | homo [AP malgrandanima kaj ege avara] | ||
| c^. | amiko [PP de mia patro] | *[PP de mia patro] amiko | |
| d. | letero, [CP kiun mi j^us trovis] | *[CP kiun mi j^us trovis],letero |
| (4) | a. | Mi havas [NP libron]. |
| b. | Mi s^atas [VP nag^i]. | |
| c. | Mia vesto estas [AP blanka]. | |
| c^. | Estas [AdvP malvarme]. | |
| d. | Mi apartenas [PP al Asahi-Universitato]. | |
| e. | Mi au~dis [IP lin fermi la pordon]. | |
| f. | C^u vi scias, [CP kiu s^i estas]? |
| (5) | a. | Mi tion povas fari. |
| b. | Mi povas fari tion. |
| (6) | a. | [Spec tre] interesa |
| b. | certa [Comp pri tio] |
| (7) | a. | sur [NP la seg^o] |
| b. | de [PP sub la tablo] |
COMPおよび疑問語は、常に句の先頭になければならない。CPは、(10)に示すような構造をしている。
(10)
CompVの位置は、問題があるように見えるかもしれない。というのは、ほとんどの場合、V-CompVとCompV-Vの両方の語順が可能だからである。しかし、V-S-OとO-S-Vの語順を生成するには、どのみち、かきまぜ規則のようなものが必要である。CompV-Vの語順は、文要素のかきまぜとして考えられるべきである。
まず、IPとCPの構造は、VSOとOSVを生成しない。六つの可能な語順を生成するには、非常に強力なかきまぜ変形が必要となる。
CPの構造は疑わしい。Ke、c^u、ki-は相補分布しているので、これらの線的順序を決定する証拠はない。さらに、(11)はbrilanの主題化のニュアンスを伴っている。仮にもしこれが主題化変形であるとすると、Topicの位置はどこにあることになるのであろうか。
エスペラントには、tiel...kiel...のような多くの相関語がある。TielはSpecでKiel句はModであろうか。TielはModからSpecに移動したのであろうか。
おそらく、これらすべての変形を考え出すことは可能であろう。しかし、そうすると過剰生成のリスクが出てくる。
16ヶ条の基本文法では、格は以下のように定義されている。(Forster, 1982, pp. 375-378)
名詞...二つの格、すなわち主格と対格がある。語根にoをつけたものが主格で、対格はoの後にnをつける。その他の格は、前置詞によって作られる。Wells(1978, p. 44)は、動詞の目的語以外の対格を(13)に示す四つのグループに分類している。形容詞...格は、名詞と同じである。
代名詞の語形変化は、名詞と同様である。例、mi、mi'n(対格)...
方向を尋ねる疑問詞に対する答えでは、語は目的格語尾をとる。例、kie'n vi iras?、dom'o'n、London'o'n、等。
エスペラントの前置詞は、はっきりと決まった意味を持っている。もし何らかの前置詞を使う必要があり、意味から考えてどの前置詞を使うべきかはっきりしない時は、特定の意味を持たないjeという語を使う。...混同の恐れがない場合は、jeの代わりに、対格を前置詞なしで使ってもよい。
| (13) | a. | 方向 | La birdo flugis [en la g^ardenon]. |
| b. | 期間 | Mi jam [tridek jarojn] estas tombisto. | |
| c. | 計量 | Li kuris [tridek kilometrojn]. | |
| c^. | 時点 | Vas^ington estis naskita [la dudek-duan de Februaro]. |
| (14) | a. | Necesas ke [IP studentoj lernas la generan gramatikon]. |
| b. | *Necesas (ke) studentoj lerni la generan gramatikon. | |
| c. | Necesas lerni la generan gramatikon. |
| (17) | a. | fari ion | *fari al io |
| b. | *aparteni ion | aparteni al io | |
| c. | iri Parizon | iri al Parizo |
同様に、方向の対格はCompNの位置にも現れ、それにはNが対格を与える。(18)を参照。
| (19) | a. | levig^i [Adv c^ielen] |
| b. | dum la irado [Adv hejmen] |
格を与えるのは、(21)のように、AまたはVである。
| (21) | a. | c^ambro [AP [Comp dek kvar futojn] [Head longa]] |
| b. | [Head kuris] [? tridek kilometrojn] |
問題は、もしこれがModの位置であるとすると、どの範疇がこれらのNPに格を与えているのかということである。ModはHeadとは強い関係がないので、HeadがModに格を与えると考えるのは不自然である。もしHeadがModに格を与えないとすると、ほかに格を与えている可能性のある範疇はない。もしModに格を与える範疇がないとすると、Mod位置のNPはもともと内在的な格を持っていると考えるしかない。
| (22) | SpecおよびCompにおける格付与 | |
| a. | 格を与える範疇 | |
| すべての主要語彙範疇および[+tense]が、格を与える。N、V、およびA([+Nまたは+V])が対格を与え、Pおよび[+tense]([-N, -V])が主格を与える。 | ||
| b. | 格を受け取る範疇 | |
| NP、PP、およびAdvP |
エスペラントと英語には、もう一つの違いがある。それは、形態論的な違いである。エスペラントでは、格の語形変化は、(23)に示すように現れる。
| (23) | 格の語形変化をする範疇 |
| N、A、およびAdv。([+N]) |
エスペラントでは、さらに、(24)に示すような格の現象がある。
| (24) | Modにおける格付与 |
| NPは、内在的な格を持っている。 |
エスペラントも英語も、主語と目的語を示す格を持っており、エスペラントだけが、その他の種類の格を持っている。これらの格は、意味と分布にしたがって(25)のように分類できる。
| (25) | a. | 主語............Spec |
| b. | 目的語..........Comp | |
| c. | 方向............Comp | |
| c^. | 計量............Spec | |
| d. | 期間、時点......Mod |
エスペラントでは、ある種の対格はPに相当する意味を持っており、Pと交換可能である。この点で、ある種の格とP、つまりNPとPPは、同じように扱われるべきかもしれない。この考え方は、Fillmoreの格文法、またはGBのθ理論に似ているかもしれない。ここでは、文の基本的単位は、何か項のようなもの、つまり、主語、目的語、さまざまなPP等であると考えることにする。
次に、GBにおける格理論の動機となっているものは何であろうか。第一の動機は、裸のNPの生起を制限することであるように思える。英語では、裸のNP、すんなわち主語および目的語の生起は非常に制限されており句構造によって決定されているように思えるが、その一方で、PPは、PP内でPがNPに格を与えるという形で「格を自給」している。その結果、裸のNPは格が与えられる場所にしか現れることができないが、PPは自由に現れることができる。日本語では、裸のNPはなく、すべての項が格を自足しているPPである。英語の主語や目的語のような位置に関する制約はない。つまり、日本語では、格理論は意味がない。
問題は、エスペラントの対格が裸のNPであるかどうかである。基本的な考え方としては、格標識のない単位が裸のNPである。英語の主語と目的語は裸であり、Pを伴ったNPは裸ではない。おそらく、エスペラントの-nは格標識であり、対格のNPは裸のNPではなく、むしろPPと同じグループに入るであろう。言い換えると、対格のNPは、内在的な格を持っており、格を自足していることになる。
もしそうであれば、エスペラントにおける対格の生起は、英語のNPが格理論によって説明されているのと同じ方法で説明されるべきではない。むしろ、PPの生起を説明するようなもっと意味論的な解釈によって説明されるべきである。
GBは、句構造に依存しすぎているように思える。英語では、主語も目的語も裸であり、その生起は統語的な位置によって決定される。しかし、それが常に他の言語にも通用するとは限らない。一般に、言語がより多くの格標識を持てば持つほど、その語順は自由になる。GBは、既に裸のNPを説明する仕組みは備えているわけで、さらに、裸でないNPのための仕組みも備えるべきである。
語順が格を決定するのであろうか、その逆であろうか。

のような階層的構造をなしていると考えられています。この図は、
[NP [Spec a] [N' [N' [N student] [Comp of linguistics]] [Mod with short hair]]]
とも書きます。つまり、N(名詞 Noun)がComp(補語 Complement)とくっついてN'(「エヌ・バー」と読む)になり、N'はMod(修飾語 Modifier)とくっついてもやっぱりN'で、最後にN'がSpec(指定辞 Specifier)とくっついてNP(名詞句 Noun Phrase)になるというわけです。
同様に、N以外の範疇、V(動詞 Verb)、A(形容詞 Adjective)、P(前置詞 Preposition)、INFL(屈折 Inflection)、COMP(補文標識 Complementizer)も、それぞれ、V'、A'、P'、I'、C'、VP、AP、PP、IP、CPになります。
このように、すべての範疇XがX'になり、XPになるという考え方を、X'理論と言います。
Forster, P. G. (1982). The Esperanto movement. The Hague: Mouton.
Janton, P. (1987). Latentaj strukturaj trajtoj de la Esperanta gramatiko. M. D. Goninaz (編), Studoj pri la internacia lingvo (pp. 79-90). Gent, ベルギー: AIMAV.
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Loeckx, A. (1996). EspDict (バージョン 3.3) [電子辞書]. URL: http://ruby.arts.kuleuven.ac.be/~dirk/esperanto/espdict.htm
大沢孝明. (1972). 『世界語・国際語の歴史』(第2版). 京都: ロンド・ハルモニーア出版会.
Reed, I. K. (1968). Esperanto: A complete grammar. Metuchen, NJ: Scarecrow Press.
ロンド・ハルモニーア・アカデミーオ. (1972). Nova kursolibro de Esperanto (第8版). 京都: ロンド・ハルモニーア出版会.
RHアカデミーオ. (1985). Dau~riga lernolibro de Esperanto (第3版). 京都: 国際語教育協議会.
Wells, J. C. (1978). Lingvistikaj aspektoj de Esperanto. Rotterdam: Universala Esperanto-Asocio; Centro de Esploro kaj Dokumentado pri la Monda Lingvo-Problemo.